Kusukawa "The sources of Gessner's pictures for the Historia animalium"(2010)

Sachiko Kusukawa, "The sources of Gessner's pictures for the Historia animalium," Annals of Science, Vol. 67, No. 3 (2010), pp. 303-328.
  • 1 Introduction

 16世紀には植物学、解剖学、動物学といった学問分野の図像を収めた書物が出版され始めた。そこに収められた図像には、新たに現れつつあったこれらの分野の、観察に基づいた記述的な描写を重視するという特徴が反映されていると考えたくなるものの、実情はそう単純ではないと楠川は指摘する。そういった出版物の中でもConrad GessnerのHistoria animalium (1551-1558の間に出版)は、動物学の書物における図像の使用という点で記念碑的作品である。同書は「辞書」としての使用を想定しており、アリストテレスの動物の分類に基づいて巻を分け、それぞれアルファベット順に図像を収録している。また扉では、古代から現代までの動物に関する記述を集めるというGessnerの目的が宣言されている。このため動物を実際に観察したかどうかは必ずしも重視されておらず、様々な出版物や標本からも古今東西の動物、また想像上の動物の図像、記述が収録されている。

  • 2 Sources of images of the Historia animalium

 Gessnerは第一巻序文において、動物の図像を用いることの利点として、恐怖や危険を感じることなくいつでも何度でも観察することができることを挙げている。また同書所収の図像はすべて"ad vivum"なものであり、Gessnerが画家に描かせたものか、信頼できる友人から送られてきたものであると述べている。"ad vivum"という言葉は、観察を通した記述的な図像を指す表現と考えたくなるが、Gessnerの場合はより広い意味合いを持っていた。
 同書に収められている図像の類型としては、観察、標本・毛皮、書物、文通を通して作製・入手したもの、またそれぞれの組み合わせがあり、一部の例外を除いてこれらすべてが"ad vivum"であるとされている。例えば観察に基づくものとして、第一巻には木版の図像が96点収録されているが、そのうち46点はスイスにも生息する動物であり、読者にもなじみ深く信憑性の問題がないせいか出典が示されていない。一方で書物や文通で手に入れた図像、記述に関しては出典にかなり気を配っており、異なる人物から入手した同じ動物に関する図像を並べて載せている。第一巻でいえば96点のうち25点は文通相手から送られてきたものであり、出典を示すことには相手の知名度、能力、地位などによって信憑性を高める意図もあったと考えられる。
 このように読者が直接観察できない動物の図像に関しては出典を重視していることがわかるのだが、Historia animaliumに収められた図像に類似したものを収めていて、同書の出典である可能性のある同時代の書物のなかでも、必ずしも最も古いものに出典を帰しているわけではないことが注目される。これは、ある動物を最初に発見、観察、記述した人物にではなく、それをGessnerに書物や書簡を通して、直接、最初に教えた人物に言及しているためであり、ここには図像の信頼性の担保だけでなく、教えてくれた人物に対して出版物で公に謝辞を述べるという目的もあった。
 以上のように、Gessnerにおける"ad vivum"という言葉は、動物に関するすべての記述を集めるという目的とそれに伴うコストの問題もあり、必ずしも観察を要することを意味しなかった。

  • 3 Gessner's judgements on pictures

 以上のようにGessnerの図像の出典は多岐にわたるが、同様に一枚一枚のクオリティも様々である。一人を除いては、図像の作者は明らかでない。彼の限られた知識では作製された図像が正確なものかどうか判断できないこともあり、また図像の縮尺に起因する動物の大きさの表現の問題や、そもそも画家や印刷業者が作製や印刷を失敗することもあった。
 しかしながらここでもやはり、全ての図像を観察を通して作製することを彼が志向していたというわけではない。Historia animaliumの木版画のみを集めたIcones animalium (1560年版)に収められたペリカンのように、観察したものと文通相手から送られてきたものを並べて掲載している例がある。
 それに加え、正確な図像のみに価値を見出していたというわけでもなかった。動物に関するあらゆる記述を集めるという目的からすると、不完全なものや偽物が掲載されてもそれをみた者が本物の図像を送ってくるきっかけになれば有益であった。また古い、ないし不正確な図像や記述もとっておき、新しい描写と一致するものであれば図像の信憑性を高めることに用いた。一方でIcones (1553年版)所収のトカゲのように、誤った図像と正しいものを並べて収録することで読者の誤りを正すと同時に、正しい図像の信憑性を高める事という用途もあった。

  • 4 Conclusion

以上のようにGessnerの図像の出典は、生きた動物、標本、出版物、地図など多岐にわたっており、またその質も様々であった。しかしながら、こういった特徴からGessnerをなんでもかんでも集めるルネサンス的蒐集家とみなすべきではない。また彼は、16世紀当時興隆しつつあった植物学、解剖学、動物学とは異なり、必ずしも生きた動物の観察に基づく記述的な図像を重視していたわけでもない。これらの特徴は16世紀当時の時点で手に入る動物に関するあらゆる記述を集めるというGessnerの目的から理解されるべきであり、その研究によって、ルネサンス博物学における自然の観察、テクストの伝統、知的ネットワークの交わりを明らかにすることができるのである。