Ekholm "Fabricius's and Harvey's representations of animal generation"(2010)

・Karin J. Ekholm, "Fabricius's and Harvey's representations of animal generation," Annals of Science, 67(3), 2010, pp. 329–352.


 ファブリキウスは『形成された胎児』(1600)や、『卵とヒナの形成』(1621)といった著作において、様々な動物の生殖器官や胎児、卵、発生過程を描いた図版を収録した。また彼は解剖学書において、版画に加え対応するカラー図版を並置することを望んでいた。対して、ファブリキウスの弟子であり『動物発生論』(1651)を著したハーヴィは図版の使用を疑問視し、図版を収録しなかった。この論文ではファブリキウスとハーヴェイによるカラー図版、凹版画、文章による説明という三つの手法を比較し、各手法の利用について、両者による描写対象の選択方法や観察方法の差異と合わせて考察している。
 ファブリキウスは『視覚、音声、聴覚』(1600)の献辞において、多くの解剖図を収録し、実物大の図やカラー図版を提供することの重要性を述べた。例えば胎盤の図において、ファブリキウスは様々な動物で観察される胎盤のタイプをグループに分け、加えて各グループ内で見られるヴァリエーションを描いている。ファブリキウスは形状の多様性を提示するために図を使用していたと考えられる。図版を描く際には、実際の観察内容を個別に表すべきか、あるいは典型的な特徴を有するモデルを描くべきか、という問題に直面する。ファブリキウスの場合は同種の胎児において構造や位置の異常を描き分けるなど、観察によって見られた対象を個別に描いた。また彼は微妙な差異や膜などの構造の重なりを伝えることができるカラー図版の有用性を重視した。
 ハーヴィはアリストテレスを基礎に、ファブリキウスを参照して著作を著した。ハーヴィとファブリキウスの顕著な差異は次の2点にあると考えられる。?ハーヴィはファブリキウスが胚の発生段階を図のみで示した点を批判し、観察の詳細を記述した ?ハーヴィは胎生動物について、一種の動物(鹿)をモデルとして論じた。 ハーヴィは図版のかわりに観察内容を文章によって説明したが、その際アナロジーを多用していた。彼にとって身近なものとの比較によって対象を記述することは、構造だけでなく観察時の状態や運動を伝えるのにも有効だった。
 以上の比較から、ハーヴィは発生過程における胎児と生殖器官の経時的な変化に注目し、アナロジーを用いた文章によって観察内容を説明したと言える。一方ファブリキウスは、形状のヴァリエーションに注目して詳細な図を描いたが、文章による説明が少なかった。ファブリキウス自身は凹版画とカラー図版を並置して補足的に使用することを望んでいた。
 16世紀には植物や昆虫の図ではカラーの図が見られたが、ファブリキウスの図版には、描く対象、規模、黒背景などの点で独自性があり、以降の解剖図にインスピレーションを与えたと言える。例えばアセリの『乳糜管あるいは乳の静脈』(1627)にも黒背景のカラー図版が収録されている。図版は色刷木版画で何層にも色を重ねて作成された。アセリの図版は、ファブリキウスのカラー図版の複製から着想を得ていた可能性がある。