クスカワ『自然の書物を描く』第7章

Sachiko Kusukawa, Picturing the Book of Nature: Image, Text, and Argument in Sixteenth-Century Human Anatomy and Medical Botany (Chicago: University of Chicago Press, 2012)

Chapter7:ゲスナーと『植物誌』の製作(p.139-161)
■導入部(p.139-141)
コンラート・ゲスナー(1516-1565)は『書物百般』『動物誌』等の著作を残しており、今日では「書誌学の父」として知られている。彼はまた植物についての図像や注釈を残しており、『植物誌』という著作の基礎として残されたものだと考えられている。『植物誌』はゲスナーの死去の時点では公刊されていなかったが、一部の図像が18世紀に復元され、全てが公刊されたのは20世紀のことである。ゲスナーにとって、図像は単に印刷物において知識を提示するためではなく、植物を研究するという営み自体のために必要なものだった。
 
■情報提供者を作る(p.141-145)
 ゲスナーは『植物誌』の執筆にあたり、文献学的な記述抜きの簡潔で明瞭なものにすると同時に、今まで公刊された全ての図像を集めようとしていた。ゲスナーにとって全ての図像を集めることは、見たことのない植物を研究するための出発点であった。そのため、ゲスナーは薬剤師・自然物の収集家・内科医・医学者などに協力を要請し、情報提供者とした。その際、平凡な植物が得られてもしょうがないので、ゲスナーは彼らに植物のリストを送ってくるよう頼み、自分の知らない植物を送ってもらった。できれば植物の根・土壌・図像を送ってもらい、植物も種子も無ければ図像だけを送ってもらうこととした。ただ、図像の質をコントロールするのはとりわけ困難であった。そこで、ゲスナーは情報提供者の雇う絵描きの代金を準備したり、謝礼として別の植物・種子・図像・書物及び植物を命名するチャンスを用意した。しかし、それは情報提供者がゲスナーだけに忠誠を示すことを義務づけるものではなかった。

■芸術家の管理(p.145-147)
 ゲスナーは自分でも芸術家を雇ったが、常に彼らの作品に満足するわけではなかった。ゲスナーはディテールの点で彼らの作業に介入したり修正を施したりした。博物学者によるこうした微細な管理は、17世紀以降まで続いた。
ゲスナー自身もまた絵を描くことができた。その多くは最期の数年間のものだと言える。彼は熟達した製図者であり、ディテールや輪郭に関して優れた眼を持っていた。製図にあたっては、特に線や形にこだわり、輪郭をはっきりさせることに注意を払っていた。

■絶対的なイコン(p.147-152)
ゲスナーは植物の完全な図像を求めた。完全とは、植物の全ての部分(根・茎・新芽・葉・花・実・莢)を含んでいることを意味した。また、スケッチには植物の欠損を描かないことや、花の色を五色に塗りわけるなど、完全性に向けて駆動していた。
 ゲスナーは気候によって得られる植物に違いがあることを知っており、地域差が種における違いもたらしたことの価値を認めていた。図像はそうした気候的制約を乗り越える手段であった。図像はまた、生きた植物の新鮮な色を保存する手段でもあった。しかし、ゲスナーは他人に頼って植物や図像を集めるだけの「安楽椅子」庭師ではなく、自分の庭で植物を育て、たびたび小旅行に出て植物を採取してきた。

■未知の植物(p.152-159)
 ゲスナーの図像からは植物の同定のプロセスもわかる。未知の植物が見つかると、形態や開花時期などの性質を記述した上で、仮の名前をつける。さらに、他の人の文献の記述と比べた情報などを欄外に書き込んでいき、正しい植物名を見つけると仮の名前を消した。ゲスナーの図像の横には、リサーチ・クエスチョンが沢山記録されており、疑問が解消したらそれを横線で消したり、正しい答えや参照した文献を書き込んだりした。
 時間・空間を越えた「完全な対象」が追求されるようになったことで、情報提供者との協力・芸術家の管理・土壌と気候の比較・植物のサンプリングと判定・集中的な文献調査が必要となった。時間・空間を越えることは、学術だけでなく医療における有効性にも寄与した。

■描かれた備忘録(159-161)
 ゲスナーは自身が用いる目録用の引用・順序づけのやり方は、書物の構成や教育にも使えるということを主張した。実際、彼は別々の時期に別々の紙に記録した図像を組み合わせて本を作っており、それらは思考の過程の単なる無計画な記録ではなかった。したがって、ゲスナーはフックスと完全さの追求という点では一致しているが、ゲスナーの場合、図像によって知識を整理するという形で、出版に先立って書物が構成されている。